National Rural Health Conference 2017
2017年3月31日~4月1日の2日間、ニュージーランドのウェリントンで開催されたNational Rural Health Conference 2017に参加しました。この会議は先住民であるマオリの文化を非常に大事にしており、学会のオープニングセレモニーもマオリの儀式に従って行われていました。
参加者はニュージーランド全土ならびにクック諸島から520名の参加があり、国外からは唯一本大学から2名(神里みどり、知念真樹)のみの参加となっていました。また、ニュージーランドのルーラル学会の雑誌に紹介されました(ページ下の資料をご参照ください)。
【学会の内容】
学会では、基調講演が8つ(高齢化問題と医療保険、保健政策、農家のうつと自殺の問題(当事者)、家庭内暴力の問題(当事者)、へき地医療教育の学校の必要性、ニュージーランドの水汚染の問題、肥満の科学など)、セッションは全部で41題あり、診断・治療関連15題、キャリア関連5題、学生や職種の交流やネットワークづくり関連3題、看護ケア3題、研究・調査3題、へき地医療の教育・GPトレーニング関連3題、病院経営2題、テレヘルス2題、保健政策1題、環境と健康1題、臨床検査技師関連1題、歯科関連1題、リハビリテーション関連1題と内容は多岐にわたっていました。
一般の学会とは異なり、教育・研修的な要素が強く、研究の発表の場(口演やポスターセッションなど)はありませんでした。
【基調講演の概要】
初日の基調講演では、General Practitioner (GP)であり、Health care homeを併設したKaori Medical Centerの所長である、Peter Moodie氏が、今後人口が高齢化していくニュージーランドで、医療保険の基金が安定的に維持できるのかどうか、その中でのヘルスケアホームの役割などについて、ご自分が経営されているケアホームの事例も含めながら説明されていました。日本と同様な国民皆保険のニュージーランドでも、現在の日本と同じようなことが問題になっているのだなという印象でした。
2日目の基調講演では、ニュージーランドのへき地で問題になっている自殺について、17年前に妻を自殺でなくされた当事者のMatt Shirtcliffeさんがお話しされました。彼の妻は農場を経営していましたが、ストレスから不眠症になりうつ病を発症したそうです。仕事の忙しさや精神疾患(うつ)への偏見から本人も家族も医療機関にかかりにくく、当時はそのことについて気軽に相談したり話したりできるような場所もありませんでした。妻が亡くなって後、彼自身そのトラウマから立ち直り、妻や自分のような人たちの力になるため、「Good Yarn workshops」を立ち上げました。現在はその団体で、精神疾患を理解してもらうためのワークショップを開催したり、ファシリテーターを育成したりという事を行っているそうです。ニュージーランドのへき地では、農場を経営している方々が多く、同様な問題で悩んでいる住民も多いというお話でした。今回の学会で報告されている調査や政策のセッションにも精神疾患や自殺の話題が含まれており、へき地医療の重要な課題であることがうかがえました。
次いで、ドメスティックバイオレンス、児童虐待についての当事者であるNorm Hewittさんの講演もありました。Hewittさんは、元ニュージーランドのマオリラグビーチームのキャプテンであり、ラグビーニュージーランド代表all blacksの元メンバーでもある方で、その外見や栄光からは想像もつかないような虐待を父親から受けていたという話をされました。マオリ族の中では、かつて虐待を虐待としてとらえない風習があったこと、じぶんがそのトラウマをどう乗り越えてきたのかということを講演されていました。参加されていた方達に尋ねると、マオリ族はへき地に住んでいる者が多いとのことだったので、虐待やDVの予防もへき地での重要な健康課題と思われました。
【参加したセッションの概要】
参加したセッションの中からへき地での医療従事者のトレーニングプログラムとRural Nurseのネットワーク等に関連したものを紹介します。
「The Cook Islands: developing capacity and a training program- linking to rural remote practice in NZ and beyond」
クック諸島はニュージーランドではないが、クック諸島の健康局とニュージーランドの大学(オタゴ大学とRNZCGPのへき地医療分野)間で協定を結び、国を超えてへき地医療従事者の育成を行っています。内容としては、クック諸島のラロトンガ病院に研修のポストを設けて、ニュージーランドのへき地病院医療研修プログラムに登録されている医師(GP)をラロトンガ病院に派遣し、またラロトンガの病院からも交換でGPをニュージーランドのへき地の病院へ派遣し、お互いに研修を行うというプログラムです。セッションでは、実際にそのプログラムに関わっている医師が講演されていた。このプログラムでは、一度に研修に行く医師も3-5名と比較的多く、受け入れる病院やクリニックも、研修を受け入れている間は医師の人数が増えるので助けになっているとのことでした。大学を介したこのような国際的な人事交流を兼ねた研修の方法もあるのだと参考になりました。また、ニュージーランドとクック諸島はどちらも英語圏なので、言葉の壁がないことも連携しやすい要因の一つになっているのだろうと感じました。
「Establishing a network for rural hospital nurses」
このセッションでは、前日のNursing forum「How can rural nurses network, communicate and plan action in a collegial way?」の継続で話が進められていました。
へき地や離島で働いている看護師は、その環境だけでなく、教育の機会や専門職としての発達やスーパーバイズなどいろいろな問題を抱えていますが、現在その状況を解決するための公的なRural Nurseの組織はニュージーランドにはありません。前日のフォーラムでは、グループワークで、他のRural Nurseフォーラムなどで取り上げられてきた議題などをピックアップして討議したとのことだった。このセッションでは、前日の討議内容を踏まえ、どのようにRural Nurseのネットワークを構築していくか、という話を会場からの意見も聞きながらまとめていこうとしていました。最終的には、まずはメールでの情報発信とネットワークづくりから始めることになりました。
ニュージーランドは、全人口の14%(WHO,2017) 3)(日本は8.9%(総務省自治行政局過疎対策室(2017) 4))がへき地で暮らしており、Rural Nurseとして勤務する看護職も少なくない数がいると思われます。この学会は、それぞれが勤務するMedical CenterやClinicで起こっている問題や課題、その解決策などを共有しあえ、現場の状況を行政に訴えていけるようなネットワーク構築の場としても活用されていました。
【学会の意義】
今回、ニュージーランドのRural Healthの学会に参加してみて、参加者の活動・研究内容の発表の場というよりは、へき地医療を支える医療従事者の継続教育や医療従事者間のネットワークづくり、Rural Healthの後継者育成を目的に行われている印象を受けました。特にへき地医療従事者間のネットワークづくりという点で、同業種はもちろん、Rural Healthを支えるすべての医療職や医療関連大学関係者が集まるこの学会は、業種を超えた学際的なネットワークづくりという重要な役割を担っていると感じました。